19.眠れる女王





「久し振り、だな」




俺はベッドに横たわる、部屋の主に声を掛けた。
勿論返事は、ない。



「なかなか傍にいてやれなくて・・・
  お前を支えてやることができなくて、すまない」



彼女が自室からほとんど出なくなって、しばらく経つ。
俺は『エトワールの護衛』という仕事の合間を縫って、
こうして部屋に顔を出していた。





いつものように、俺はベッドの横に跪く。
決して安らかとはいえない・・・少し苦しげにすら見える寝顔に、
俺はゆっくりと、手を伸ばす。
そして、その額へ・・・頬へと優しく触れた。









あの日・・・
俺に定期報告に出席すると告げた日から、
彼女の様子がおかしくなった。


俺が花を手渡した時は、普段と変わった様子はなかった。
むしろ花が気に入ったのか、機嫌が良いとすら思えたのに。




定期報告で、彼女に一体何があったというのだろうか。



(あいつの望み通り、俺も定期報告に出席していれば・・・!!)



しかし、いくら悔やんだところで、彼女は目を覚ますわけではない。
今の俺には、傍で見守り続けることしかできなかった。
















改めて、部屋を見渡す。


ずっとカーテンが引かれたままの、薄暗い室内。
白を基調とした荘厳な、それでいてどこか冷たい家具。
ただ生活感のない、部屋。
以前は今よりもう少し・・・
そう、花瓶の花や、彼女の読んでいたであろう本などが、
ベッドサイドに置いてあったはずだ。
今、それらは影も形もない。




だがそんな中、俺は懐かしいものを見つけた。




「クッ、こんなもの・・・まだ持ってたのかよ」




ドレッサーの上に似合わぬ、オカリナ。


家具以外何もないこの部屋の中で、
それは唯一、ここが彼女の部屋であることを、証明しているかのようだった。





「懐かしいな・・・旅をしていた頃。
  お前、俺がオカリナが好きだと知ると、
  2個も3個も贈ってきやがって・・・」






―――何故、同じものを何度も贈ってくるのか。


呆れながら尋ねた俺に、
ただ、笑顔のままあいつは言った。



『アリオスが喜んでくれるから。私も嬉しいの』





思えばあの頃から、あいつは自分のことは二の次だった。
旅先でも、自分から進んで面倒事を引き受けたり、
戦闘に慣れない仲間を、身を挺して庇ったり・・・




「でも、今も全部残してある。
  勝手に捨てたりしたら、お前に怒られそうだからな。
  ・・・感謝、しろよ?」






いつからだろうか、あいつを守りたいと思ったのは。



正直、最初はただ面倒なヤツだとしか思っていなかった。
自分こそ、慣れない旅に戸惑いながら、
それでも他人を気遣ってばかり。
『誰かが喜んでくれるから』、たったそれだけの理由で行動できる・・・
当時の俺には、到底理解ができなかった。













―――お前、また怪我したのか?


『アリオスッ!?・・・大した事ない。平気よ』


―――何故、自分よりも他人を庇う?
          他人ばかり気にして自分が倒れたら、意味がない。
          仲間など、捨て置けばいいだろう。


『例えそれで私が倒れても、意味はあるわ。
  誰かを守れた、という意味がある』


―――じゃあ、誰がお前を守るんだ?
          お前自身は、自分を守れていると思うのか?


『そ、れは・・・・・・』


―――ったく、仕方ない。俺がお前を守ってやるよ。


『・・・別に私、頼んでない』


―――お前にこれ以上、余計な傷を増やされて、
          突然倒れられたら迷惑だ。
          お前が自分を守れるようになるまで、俺がお前を守ってやる。
          自分の身を自分で守れるようになったら、一人前と認めてやるさ。













「なあ、覚えているか、あの時の言葉・・・」



返事がないと分かり切っているのに、俺はいつも問いかける。



「俺は本当に・・・お前を、守れているのか?」



彼女の冷たい手を、握った。
そのあまりの冷たさに、
俺は握る手に力を込める。





「もう、この手を離したりしない。
  俺はアンジェリーク、お前を・・・」










「・・・・・・?」








何者かの気配に気付き、席を立つ。
しかし廊下へ出てみたものの、人の姿はない。






俺はゆっくりと、ドアを閉めた。














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―2009.08.17―





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