18.その強さがあれば |
「よく来てくれました、エルンスト・・・」 聖獣の宇宙、謁見の間の厳かな雰囲気の中。 就任式に立ち会うのは、陛下と補佐官レイチェル、 そしてもう一人、私をこの守護聖の任へと導いてくれた、 『伝説のエトワール』―――エンジュ・サカキ。 「あなたに、この聖獣の宇宙の新たなる鋼の守護聖の名を、与えます」 「・・・謹んで拝命いたします。 このエルンスト、陛下に永久の忠誠を誓います」 「・・・それではここに、初代鋼の守護聖就任を宣言します!」 レイチェルが、高らかに新守護聖誕生を表明した。 儀礼的な式が終了すると、陛下の執務室へと招かれた。 先程の謁見の間とは違い、 陛下はとてもくだけた表情で語りかける。 「エルンストさん、お久しぶりです。また会えて嬉しいわ」 陛下は、やはりお痩せになられたようだ・・・。 それに顔色も、健康的とは言い難い。 未成熟な宇宙を支えるという負担を、 たった一人で抱えておられたのだから。 (これからは私が、陛下をお助けしなければ・・・) そう決意を新たにして、居住まいを正す。 「陛下もお変わりなく。 ですが、今や私はあなたにお仕えする守護聖に過ぎません。 呼び捨てにしていただいて構いません。敬語も、お止めください」 「・・・・・・ごめんなさい。 でも『陛下』なんて・・・少し寂しい。 昔のように、『アンジェリーク』と気軽に呼んでくれて、構わないのに・・・」 「陛下、それでは他の者に示しがつきません」 「でも私は、女王試験の時・・・ いいえ、他にもいろいろ、エルンストに助けてもらったのに」 陛下が懐かしい昔話に花を咲かそうとした、その時。 傍に控えていたレイチェルが、割って入るように話し始めた。 「ね、エルンストも疲れてるみたいだし、早速執務室へ案内してくるヨ。 ・・・陛下は、先に戻ってて?」 「・・・そうね。引き止めてしまってごめんなさい。 あとは宜しくね、レイチェル」 執務室へ案内される道中、レイチェルは無言だった。 実を言えば、宮殿内の構造はすべて把握していたので、 無理に案内をしてもらう必要もなかったのだが・・・ 話しかけることすら許さない背中に、 私はただ後を追うことしかできなかった。 そうして、ただ機械的に、 宮殿内の長く続く廊下をいくつか曲がり・・・ しかし、とある人物の出現に、彼女の雰囲気が突然軟化する。 「あれ、エンジュ?」 「レイチェル様!それに・・・」 相手は、先の就任式で会ったばかりのエトワール。 「エルンストさん・・・いえ、エルンスト様。 この度は、初代鋼の守護聖への就任、おめでとうございます!」 「エトワール。あなたにはとても感謝しています。 私が今ここにいられるのは、あなたの導きがあればこそ。 本当に、ありがとうございます」 あの日、私に守護聖に選ばれたことを告げた少女。 さまざまな資料、報告書に目を通したが、 彼女の優秀さには、目を見張るばかりだった。 かの有名な、現サカキ家当主のご息女・・・ 彼女の働きは、『完璧』としか言いようがない。 「あなたの優秀さは、レイチェルから既に聞いています。 『伝説のエトワール』の名に、恥じぬ働きをしていると」 「そんな、私なんて・・・まだまだレイチェル様の足元にも及びません。 エルンスト様は、神鳥の宇宙の主任研究員でいらしたんですよね? 今後はご指導の程、よろしくお願いします」 彼女の謙虚な姿勢は、好感が持てる。 あのレイチェルともかなり打ち解けているようだ。 能力・人格共に、 まるで彼女は『伝説のエトワール』になるべく生まれた・・・ あるいは、それ以上の『何か』が彼女にはあるような、 ・・・そんな予感を、覚えた。 執務室前で案内役のレイチェルと別れた後、 私はすぐに宮殿内を歩いた。 もう一人・・・挨拶をしておかねばならない人物が、一人。 既に手にしていた資料で、把握していた存在。 彼は、宮殿の隅の柱にもたれかかるように立っていた。 「お久しぶりですね、アリオス」 「・・・・・・ああ」 「今まで陛下のことを・・・ありがとうございます」 「・・・俺はお前に礼を言われる覚えはない」 「それでも、言わせてください・・・陛下を、守ってくださったことを」 「好きにしろ」と呟くと、 アリオスは背を向け、立ち去ってしまった。 その剣を帯びた後ろ姿は、何も変わっていない。 ―――その剣の腕があれば、その強さがあれば、彼女を守れると思った。 だが実際の自分にできることは、ただデータを集め、それを解析し、 今後の予測と問題解決への方策を立てることくらいしかない。 (いや、私は私なりの方法で、陛下をお守りするだけだ・・・) 私はアリオスに背を向けると、その足で王立研究院へ向かった。 ―2009.05.15― |