16.割れた花瓶 |
アリオスさんと惑星エンダールへ行ってから、数日後・・・ 私は、アリオスさんがあの花を持ち帰っていたことを、 ずっと疑問に思っていた。 そもそも、あの人が私に頼み事をするなんてありえない。 初対面の時から感じていた、 他人とはどこか一線を引いて接しているような違和感をもつ人。 例え自分がひどい怪我をしようと、 宮殿の中庭で、ただ一人で痛みに耐え、 私をも遠ざけようとした・・・そんなアリオスさんが。 『いい土産にでもなりそうな物、お前なら知ってるんじゃないかと思ってな』 (・・・そう、まるで誰かに見せたいものが、あるみたいに・・・) それにあの花は、エンダールにおける植物サンプルとして、 既に王立研究院へ提出しているし、解析も終了している。 だから彼が、王立研究院から依頼を受けて持ち帰ったとは考えにくい。 何より、アリオスさんが自分で花を飾ったりするはずがない・・・ ―――答えはひとつ。 『アリオスさんが誰かのために花を持ち帰った』ということ。 (わからない・・・一体誰のために?) 答えの出ない疑問を抱えつつ、 私はレイチェル様と育成に関する打ち合わせをするべく、 彼女が向かったという宮殿内の一番奥、 陛下の私室へと続く廊下を、歩いていた――― 目的のレイチェル様は、ちょうど陛下の私室から出てきたところだった。 パタン、とドアを閉めると、何故か溜め息をつく。 その手には、無残に割れた花瓶と・・・ (あの花!?どうしてここに?) 思わず、レイチェル様に駆け寄っていた。 「・・・あの、どうなさったんですか、レイチェル様?」 「ああ、エンジュ。・・・ゴメンね、なんでもないの」 「その花瓶、陛下のお部屋の・・・」 「・・・まぁね。何かにぶつかって落ちちゃったのかな。 陛下が自分で飾ったみたいだから、 ずいぶん大切にしていたとは思うんだケド・・・」 (陛下の、大切にしていた花・・・) 「ちなみにその花・・・陛下はどちらで?」 「さぁ・・・ワタシもそこまでは聞いてないんだ。 ただ、確かこの前の定期報告の前までは、 この花を飾ってるのは見たことなかったような・・・」 (定期報告?それなら、 惑星エンダールから帰ってきた、あの日・・・) 「それに、どうも陛下の体調が思わしくないみたい。 定期報告が終わったあと、急に部屋に閉じこもって。 今日になってやっと、部屋には入れたんだケド・・・ あの調子じゃ、しばらくは定期報告にも出られないかも。 エンジュもせっかく張り切ってくれていたのに・・・ホントにゴメンね」 「そんなことは・・・」 アリオスさんの、頼み事。 惑星エンダールにしか咲かない、花。 陛下の部屋の、割れた花瓶。 ―――アリオスさんと、陛下。 カチッと、疑問のピースが在るべきところへ収まっていく。 ・・・・・・ズキン・・・・・・ 「エンジュ、この花が気になるみたいだケド・・・どうかした?」 「いえ、あまり見かけないものだなって、思ったんです。 すみませんレイチェル様、お引き止めしてしまって・・・」 「あれ、でもエンジュはワタシに用事があったんじゃないの?」 「いいんです、少し思い出したことがあって。 ・・・また後日、改めて伺います」 『お前の護衛は、俺の仕事だ』 あの時感じたような、胸を刺す痛み。 けれど、今回は違う。 この痛みは、泣きたいような、喉が詰まるような、吐き気さえするような・・・ どす黒い感情に飲み込まれてしまいそうな、 激しいものだった。 ―2009.04.28― |