15.「隠されぬ恋、熱愛」 |
王立研究院の主任研究員とエトワール、 そしてレイチェルと、私。 全員が揃ったところで、育成定期報告は始まった。 「現在、宇宙は安定期に入りつつあり、 サクリアバランスの大きな乱れも、観測されておりません。 また、サンプリングした惑星の生態系データからも・・・」 しん、とした空間。 響く声は、聖獣の宇宙育成に関する情報。 部屋の外は明るく、時に葉擦れの音が聞こえてくる。 空を舞う鳥たちは、この部屋で宇宙の重要な報告がなされていることなど、 知るはずもなく、遠ざかっていく。 ここはまさに『平和』そのものの、聖地。 ・・・私の居場所など、ない執務室。 「ただ、先週ミハース星系の惑星パラジェにて、 一時的ではありますが・・・鋼のサクリアが異常な数値を計測しています」 「それなら、直後に報告を受けてるね。 ワタシは何らかの測定異常の可能性があるかな、って思ったケド・・・」 ―――わたし、は、なぜ、ここ、に、いる? ―――わたし、は、ここ、に、ひつよう? ―――みんな、なんの、はなし、を、している、の? 「ええ、ですからすぐにエトワールに調査をお願いしましたが・・・」 「私が惑星パラジェに到着した時点では、大きな変化もなく、 鋼のサクリアも、少し高めではありましたが平均値を示していました」 ・・・ここに、私の居場所は、なかった。 私以外の人が、何を話しているのか、まったく理解できない。 手元にある資料の数値も、何も頭に入らない。 ただ、私の動揺を誰にも気取られぬよう、 作り物の笑顔を貼り付けて、お人形のように座っていることしかできない。 「しかし今は、安定期とはいえまだ入り口です」 「惑星パラジェにおける鋼のサクリアについては、今後も要注意だね」 眠っていた間のブランクは、大きすぎた。 この宇宙の女王だから、 自分は定期報告に参加するべきなんて・・・なんと軽率だったんだろう。 これから、このブランクを埋めるためにすべきことを考えると、 眩暈すら覚え、気が遠くなる。 ・・・・・・それでも、やらなければならない。 (だって私は、宇宙の女王だから・・・) 「・・・ご報告は、以上です」 「ワタシの方からは、特に質問もないよ。 陛下はどう?何か質問とかあったら、ココで聞いておいた方がイイんじゃないかな」 「・・・・・・私も、特に」 質問なんてあるはずがない。 ・・・この報告内容を、ほとんど理解できなかった私には。 「あれ、もしかして・・・定期報告は初参加だから緊張してる?」 「今後も陛下が参加されるのでしたら、 私はもっとしっかりした報告書作りをしないと・・・」 「な〜に言ってんのエンジュ? エンジュは優秀なんだから、今のままで大丈夫だって! これ以上優秀になったらワタシ、エンジュの姉として寂しくなっちゃう・・・」 「そんな、レイチェル様・・・でも、嬉しいです。ふふっ」 そんなやりとりを、どこか遠くのことのように眺めていた。 「それでは、また来週ご報告に参ります」 「失礼いたします、陛下」 謁見の間を後にしようと、背を向ける主任研究員と、エトワール。 しかしその時、彼女の抱えていた本から、何かが抜け落ちた・・・ 「お待ちなさいエトワール、何か落と・・・」 「!!!」 『それ』には、見覚えがあった。 ここに来る前にも、自分の部屋で・・・ 「それ、は・・・」 「す、すみません陛下!失礼しました・・・」 「・・・珍しい、花ね」 「はい!先日エトワールの使命で、 アンシャンヌ星系の惑星オフィアスに行ったときに見つけたんです。 何でも、その惑星にしか咲かない花だそうで・・・ あまりに綺麗だったので、持ち帰ってしおりにしたんです」 『この前行った、アンシャンヌ星系の惑星オフィアスにしか咲かない花らしい』 あの時のアリオスの声が、フラッシュバックする。 「陛下・・・この花が、何か?」 「・・・いえ、何でもないの。引き止めてしまってごめんなさい」 優雅に一礼して、彼女は執務室を去っていった。 「あれ、どうかした?何か具合悪そうだけど・・・」 「・・・・・・・・・・・・て」 「ちょ、ちょっと、ホントにどうしちゃったワケ?顔色が真っ青・・・」 「一人にして頂戴!!!」 それから、どこをどうやって自分の部屋に戻ったのか、 まったく覚えていない。 どれくらい眠っていたかも・・・ 部屋に鍵をかけたことすら記憶になかった。 次に目を覚ました時、飾ったはずのあの花は、 花瓶の破片と共に、床に転がっていた。 ―2009.04.23― |