09.ラウンジにて |
「来たな、エトワール」 私が来るよりも早く、 その人はアウローラ号のブリッジにいた。 「お早うございます。朝から元気ですね、アリオスさん」 以前レイチェル様の言っていた通り、 今回のサクリアの流現には、アリオスさんが同行することとなった。 あの後すぐに、レイチェル様が手配してくれたらしい。 目的地は、ハーリア星系の惑星サイガ。 アウローラ号で約2日ほどと短い船旅――― のはずなのに。 (・・・いつもは、こんなことない・・・) 出発直前に受け取った、王立研究院からの最新データを自室でチェックし、 今回流現予定のサクリアの確認と、 流現する量の最終調整・・・ そんなことをしているうちに、 あっという間に目的地へ到着してしまうはずなのに。 資料の数値が、まるで頭に入らない。 無理やり情報を詰め込もうとしても、 脳が受け付けないのか、ただ文字だけが通り過ぎていく。 (そういえば、船内にラウンジがあったはず・・・) 気分転換にでもなればと、自室を出た。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 「アリオスさん・・・アイスミントティーがお好きなんですね」 ラウンジには先客がいた。 私はプラムジュースを頼み、隣に座る。 「そういえば、腕の怪我は治ったんですか?」 「ああ、あの時は助かった。サンキュ」 「また倒れられたら困るので、今度は早めに診せてくださいね?」 確かに、以前あったはずの傷痕は、きれいに消えている。 特に左腕を庇うような仕草も見られないので、 完治したと言ってよさそうだった。 ・・・やはり、何か事情があったのだろう。 手当てのお礼以外、怪我のことを自ら進んで話そうとはしなかった。 「ところでお前は・・・」 「はい、なんですか?」 「何故エトワールとしての使命を受けた?」 「!!」 本人は、何気ない雑談のひとつとして聞いたのかもしれない。 でも私にとっては簡単で、 それでいて自分の存在の根底を揺るがすような・・・難しい問い。 「自分の住む向こうの宇宙ならまだしも、ここは遠く離れた別の宇宙だ。 はっきり言って、お前と直接的な関わりは無い。 それでも、この宇宙に来た理由は何だ?」 (アリオスさんのことがわからない以上、ここは無難な答えを・・・) 私は数ある中でも、 もっとも差し障りのない『優等生』の答えを選んだ。 「エトワールとしての資質を持つ者は、私しかいないと聞きました。 困っている人が目の前にいて、自分にその人を助けられる力があるなら、 『助けたい』と思うのは、当然です。 だから距離なんて・・・宇宙が違うなんて関係ありません。 私は、私にできることをするだけです」 「それが、お前の本心か?」 「えっ・・・?」 アリオスさんの鋭い視線に、私は射抜かれたように動けなくなる。 (この人は、一体何を・・・) 「確かにその答えは正しい。だが、本当の理由は何だ?」 (この人は、どんな答えを望んでいる?) 私は、誰もが納得するような答えを出したはずなのに。 本人だって「正しい」と認めた、でもそれでは満足しないなんて。 ・・・面白いじゃない。 ほんの少しだけ、本気を見せてあげましょうか? 「本当の理由?そんなの決まってる」 これは、定められていたこと。 「私のこの能力(ちから)は、ただ『伝説のエトワール』になるためじゃない」 頭脳、分析力、行動力、判断力、観察力。 さらに、女王にしかないというサクリアを操る能力。 それらが導く答えはひとつ。 間違いなく、私はこのために生まれた。 「この宇宙の頂点―――」 全てを統べる、唯一無二の孤高の存在。 「女王になるためよ」 一瞬、アリオスさんの表情が変わった。 でもすぐにいつもの調子で、肩をすくめて答える。 「ハッ・・・それなら、俺は未来の女王陛下の護衛ってことか?」 「・・・私の言ったこと、信じてないんですね」 「別にいいと思うぜ。お前が何を目指そうとお前の自由だからな」 アリオスさんにとっては、やはり雑談だったのだろう。 さも興味のなさそうな返事は、はっきり言って拍子抜けだった。 それでも今度の答えには満足したのか、 ひらひらと手を振りながら私に背を向け行ってしまった。 「そうそう」 不敵な笑みを浮かべ、振り返るアリオスさん。 「甘いものは控えろよ、未来の女王陛下?」 「〜〜〜〜〜〜ッ!護衛の人は黙っていてください!!」 クッ、と笑いながら彼はラウンジから姿を消した。 一人になって、急に広く感じるラウンジ。 室内は穏やかなクラシック音楽が流れ、 長旅でも極力ストレスを感じぬよう、 落ち着いた時間が過ごせるよう配慮されているのだろう。 でも、今の私にはそんな時間すら惜しかった。 (そう、私は『伝説のエトワール』になるためにここにいるわけじゃない。 だから、気分転換なんてしていられない・・・) ラウンジから戻った後、自室から一歩も出歩くことはなかった。 ―2009.03.14― |