04.アリオス「さん」 |
それは、まったくの偶然だった。 そもそも私は運命めいたものなんて、一切信じていなかったから。 レイチェル様の執務室へいつもの報告に行く途中。 いつもの曲がり道の、もう一つ向こう。 (・・・あれ、こんな道あったかな・・・?) いや、ただ単に今まで気付いていなかっただけかもしれない。 宮殿の中は複雑な構造をしていたし、 私もその全てを知っているわけではなかったから。 けれど何故か私の足は、自然と見覚えのない回廊へと向かっていった。 回廊の先は、中庭だった。 色とりどりの花々が咲き乱れ、噴水があるのか水の流れる音がした。 遠くから、小鳥のさえずる声まで聞こえてくる。 ここはまさに、聖地の宮殿に相応しい「楽園」――― その中央にあるベンチに、一人の青年が座っていた。 時折吹く風が、彼の銀色の髪をさらさらと揺らす。 (銀髪・・・それに見たことのない顔だけど・・・) その人は明らかに左腕を庇っていた。 目を凝らすと、左腕には・・・ (怪我!?何故あんなにひどい怪我を・・・?) 私は思わず、その銀髪の青年に駆け寄っていた。 「あの・・・大丈夫、ですか?」 「放っておいてくれ。俺には・・・関わるな」 (「関わるな」?何その言い方・・・!!) 今まで、私にそんな突き放した言い方をする人はいなかった。 周囲はまるで私のご機嫌を取るかのように、 いつも甘い言葉を囁くだけだったから。 勿論、初対面の人間に「関わるな」なんて言われたこともなく。 放っておけないから声をかけたのに、「関わるな」と突き返されたこともなく。 相手は怪我人ということすら忘れて、 思わずきつい口調で言い返してしまった。 「ここは、素直に私の厚意に甘えておくべきだと思うんですけど」 「・・・関わるなと言ったはずだ」 「その怪我。一体何処で? 平和そのものの聖地で、こんな怪我なんて」 「・・・・・・お前が知る必要はない」 「だいたい、どうしたらそんなひどい怪我をするんですか? まさか、何か危険なことでもしているんじゃ・・・?」 「・・・・・・お前が知る必要はない」 (これじゃあ埒が明かない。何なのこの人!) 「・・・そうですか。じゃあ質問を変えます。 あなたは何故この宮殿にいるんですか?職員の方なんですか?」 「・・・・・・・・・」 「もし宮殿の職員なら、レイチェル様に報告した方がいいんじゃないですか?」 「言っただろう、お前が・・・」 「『知る必要はない』ですか?もう、そればっかり!」 詳しいことを何一つ話そうとしない相手に、私はとうとう我慢できなくなっていた。 「いいですか?はっきり言って、迷惑なんです! 私は怪我人を放っておけるほど、血も涙もない人間じゃありません。 何より、このままフラフラしてどこかで倒れられでもしたら、 寝覚めが悪いじゃないですか!!」 「・・・・・・・・・クッ」 「ちょっと、聞いているんですか!?私は真面目に言っ・・・」 「ハッ・・・ハハハ!!お前って、ホント容赦ないな! 初対面の人間に対して、面と向かって『迷惑』なんて言えるか、普通?」 「・・・失礼な人ですね。どっちが容赦ないんだか・・・ とにかく!私が部屋から救急箱を持ってくるまで、 ここから動かないこと。いいですね?」 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 「はい、これでおしまい!あとはしばらく安静にすること。 無理に動かせば治りが遅くなります。覚えておいてください」 「・・・へぇ、お前包帯の巻き方とか手馴れてるな」 「これくらい、一般常識です」 「とにかく助かった。そういえば、お前・・・名前は?」 「私?エンジュ・サカキだけど」 「エンジュ・サカキ・・・変わった名前だな。聞いたことがない」 「知らないの!?サカキ家は神鳥の宇宙でも有名な・・・」 「お前という存在は苗字で決まるのか?」 初めてだった。 何もかもが初めてだった。 私のもつ「サカキ」という姓を知らない人。 初対面の相手とは思えない、失礼な物言い。 そして、二人で交わした遠慮のないやりとり。 初めてだった・・・だけどそれが、何故か心地良いと、感じていた。 「そうそう、俺の名は・・・アリオスだ」 「へぇ、アリオス『さん』」 「・・・俺は『さん』づけなんて柄じゃないんだが」 「そうなんですか、アリオス『さん』」 「いや、呼び捨てでいい」 「ダメです、アリオス『さん』。 私、年上の人を呼び捨てにするなんてできません!」 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・お前、わざとやってるだろ?」 「当たり前じゃないですか、アリオス『さん』。嫌がらせ以外の何物でもないんですけど」 「はいはい降参降参。もうお前の好きに呼べ。じゃあな」 「好きに呼ばせてもらいますからね、アリオス『さん』!」 でも、今は信じてる。 これは紛れもなく『運命』だったんだって。 ―2009.01.22― |