「桜、か・・・」


早いもので、君がいなくなって初めての春が廻ってきた。
ただ「八葉」という役目を負う前に戻っただけのはずなのに。


君がここにいなくとも、季節は移り行く。


「時が忘れさせてくれる」と、無責任な人々は言う。
しかし、それは嘘だ。



誰でもないこの私が、忘れることを拒んでいるから。








―――あの日、君は自分の危険を顧みず、龍神をその身に降臨させ・・・
そして京の危機は救われた。


しかし、君は私の隣ではなく自分の世界へ帰ることを望んだ。


時折見せる、明るい少女には似つかわしくない暗く悲しげな表情に、
「もしかしたら」という思いはあった。
あちらの世界には、彼女の大切なすべてがある。
大切な人、大切な思い出、大切な場所・・・
それを捨てろと、ただ一言「京に残ってくれ」というのは簡単だ。


だが、それはこの少女をどれだけ傷つけるだろう。




「ごめ、なさい・・・ごめんなさい・・・ご、めんなさ、い・・・っ」



そういって幼子のように泣きじゃくる君の髪を、
私は優しく撫でることしかできなかった。



肩を抱き、頬を寄せ囁くだけが愛ではない。
いつも側にいて、触れ合うだけが愛ではない。

ただひたすらに、一途に相手を想う愛もあるのだと。


そう、自分に言い聞かせて。



「さぁ行っておいで、神子殿。君の、戻るべき場所へ・・・」―――









突然、強い風が桜の木々を揺らし、か弱い花たちを空へと舞い上げた。
目の前を覆うばかりの花、花、花・・・
あまりのまぶしさに目を閉じる。



うっすらと目を開ければ、そこには。


花吹雪の向こうに、ずっと恋焦がれ続けた後ろ姿があった。
彼女はあの時の笑顔のままゆっくりと振り向き、私の名を呼ぶ・・・




「・・・友雅さん・・・」


「あ、か、ね・・・あかねっ!!」




思わず手を伸ばす。

しかし私が捕らえたのは、風に舞い散る桜の花びら。


それは、桜の花が見せた幻だと、わかっていても。
幻にすらすがってしまう私は、なんと弱いのだろう。

・・・・・・あぁ、こんな姿を見られては笑われてしまうかな。



「だが、もし・・・」



もし遙か彼方の君にも、この風がひとひらの春を運んでくれたなら。





幻でいい、その瞳に・・・私の姿をもう一度映してはくれまいか。









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友雅さんの悲恋は初めて書きました。
でもどうもダメですね・・・
できれば友雅さんはあかねちゃんと幸せになっていただきたいな・・・
なんて思うのはこの作者です。
余談ですが、友雅さんの「〜してはくれまいか」という表現が好きです。
隙あらばいつでもどこでも使おうとするので、
皆様お気をつけくださいませ・・・(←どうやって?)


―2005.4.7―


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