日が落ちてくれてゆく部屋の中、神子殿はただ膝を抱えてうつむいていた。
影を落とした横顔からは、その表情が読み取れない。

「神子殿、今日は一体どうしたんだい?
君をそれほどまでに悩ませている相手に嫉妬してしまいそうだ」
「・・・・・・」
「それとも、私では神子殿の相談相手には不足かな?」



「・・・ふふっ、やっぱり友雅さんには勝てませんね」

顔を上げ、いつものように笑いかけてくる神子殿。
しかしその笑顔は、私にはとても痛々しいもので・・・





話は今朝にさかのぼる。
今日は神子殿の物忌みの日ということで、前日の夜に文を貰った私は、
朝早くから藤姫の館に向かった。
八葉の中でも自分が選ばれたこと、
そして紙や添えられた花にまで私の好みに合わせるという神子殿の心遣いに、
思わず笑みがこぼれる。

そんな些細なこともうれしく感じられてしまうのは、相手が神子殿だからこそだろう。

そして、神子殿の想いが自分に向いているのではないか、
などと年甲斐もなく淡い期待を抱いてしまう。


「おはようございます、友雅さん。今日は来てくださってありがとうございます」

通された部屋に、神子殿はいつものように座っていた。

「いや、神子殿の頼みとあらば喜んで足を運ばせてもらうよ」
「朝早くから友雅さんに会えるなんてうれしいです」

ふわりとうれしそうに笑みを浮かべる神子殿。
しかし今日はその優しい笑顔に、何か違和感を感じた。
何かがいつもと違う、そんな考えがふと頭をよぎった・・・





その日はやはり、神子殿はどこか不自然だった。
いつもの物忌みのように話をしていても、
確かに私の話に合わせて笑顔を見せてくれたりするのだが、
それは何かを隠しているようにしか見えなかった。

しかも、いつも目を見て話を聞く神子殿が、
なぜか今日に限っては私とあまり目を合わせようとしなかったのだ。


最初は無理に聞き出そうとするのはよくないと考え、
神子殿から話してくれるようになるまで待っていようと思っていた。
しかし、明らかにいつもと違う神子殿の「作られたような」笑顔を見ているうちに、
話し始めるまで待っているなどとてもできなくなってしまった。

もし神子殿に何かあったのなら、私が力になりたい。

それが八葉の役目でもあり、私個人の願いでもあるのだ。
神子殿にこうして何かあったときに、一番近くで支えられる存在でありたい。
そして、神子殿に必要とされる存在になりたい・・・
そんな思いが私を動かし、思いきって神子殿に尋ねてみた。



「神子殿、今日は何かあったのかな?
もし私でよければ、話を聞かせてはもらえまいか」
「ど、どうしたんですか突然・・・。私はいつも通りですよ。
困っていることもないし・・・」
「嘘をつくのはよくないね。今日の神子殿は様子がおかしい。
私で力になれるのなら、何でも話してほしいのだよ」
「嘘なんかついてません!私、本当に・・・」


強がっている言葉とは裏腹に、その語尾はだんだん弱々しくなり、
神子殿は膝を抱えてうつむいてしまった。






「・・・昨夜、夢を見たんです」


神子殿は、一言一言言葉を選んでいるかのようにゆっくり話し始めた。


「ほう、一体どんな夢かな?」
「とても・・・とても懐かしい夢、です。
私の隣にはお父さんとお母さんがいて・・・
私はいつもと同じように学校に行って友達と楽しく話をしているんです。
授業を受けて、放課後にはみんなで買い物に行ったりして、それで、それで・・・」


神子殿の声は消え入るように小さくなり、細い肩を震わせているようだった。

その瞬間、私ははっと気がついた。
いくらこの京で「龍神の神子」と言われようとも、
彼女はまだ16歳の少女であることに。
突然異世界へと召還されて「龍神の神子」となっても、
あくまでも彼女は「元宮あかね」であるのだ。


どんなことにも正面から立ち向かっていこうとする真面目な性格の彼女は、
「完璧な龍神の神子」であろうとし、彼女なりに努力していたのだろう。
「帰りたい」そんな自然と抱く故郷への思いを押し殺して。
しかし実際の自分と目標とする「神子」との狭間で苦しみ、
一人で悩みを抱え込んでいたのかもしれない。

自分が元いた世界の夢を見たことで、
その思いが一層強くなってしまったのではなかろうか。




何も言わず、彼女を私の腕の中へ引き寄せる。



「あかね・・・」



急に抱きしめられたことに驚いたのか、
それとも「神子殿」ではなく自分の名前で呼ばれたことに驚いたのか、
涙の跡を残しほんのり顔を赤らめた少女がはっと私を見上げる。


「そう、君はあかねだ。『龍神の神子』という名前ではない。
あくまでも君の一つの側面なのだよ。
肩を張らなくてもいい。
少なくとも私といる時だけでも『元宮あかね』という女性でいてほしいものだね」


私が今「龍神の神子」としてではなく、
「元宮あかね」という大切な女性(ひと)として見ているように。



「・・・友雅さんって・・・すごいですね。
何でも私のことわかってるみたい、です」
「それはあかねが・・・・・・いや、この話はまた今度にしよう。
今日はもう遅い。また二人だけの時にゆっくり・・・ね?」
「ふふっ、楽しみにしてます、友雅さん。今日は本当にありがとうございました。
私、なんだか元気が出てきたみたいです!」


にっこりと微笑むあかね。その今まで見てきた中でも一番美しく輝く笑顔に、
このままあかねを独占してしまいたくなる。

あかねの側にいて、あかねと同じ時を過ごせるのなら、
すべてを投げ打っても惜しくはないとさえ思わせてしまうほどに。


あかねが愛しい、その想いが帰ろうとしていた私の心を大きく揺さぶる。



「そうだ、せっかくだから素敵な夢を見られるとっておきのおまじないを、
あかねに教えてあげよう」
「わぁ!どんなおまじないですか?是非教えてください!」
「では目を閉じて・・・自分の大切な人の顔を思い浮かべるんだよ」
「大切な人を思い浮かべるんですね。はい!やってみます・・・」


目を閉じ、私の言ったことに素直に従うあかねが、とても可愛らしい。


「そう、そのまま・・・」



あかねの心に思い描く大切な人が、自分であればいいという願いを胸に・・・
私は、あかねの頬に残る涙の跡に、そっと口付けた。



「これで今日はきっと素敵な夢が見られるよ」

あかねはさっきよりも一層頬を染め、恥ずかしそうにうつむきこくんとうなづく。


「それでは、今日は失礼させてもらおうか。
今夜は君の夢路を共に歩かせてもらえたらうれしいね」



後ろ髪をひかれる思いで、藤姫の館をあとにする。
天高く昇った月を見ていると、
同じ月をあかねも見ているのだろうかと考えてしまう・・・





今宵、良い夢を見せてもらえるのは、私の方かもしれない。









====================================



遙か創作第一弾です!!
サイトを開設していきなり全く更新しなかった創作部屋も、
やっと更新できました♪
ダメダメ管理人ですみません・・・。
え〜と、やっぱり「遙か創作をするなら友あかから!」という野望があったので、
とりあえずこの作品が書けて満足ですv

もっと頑張れよもの書き一年生・・・!!


―2004.11.25―



「なんちゃって創作部屋」に戻ります