自分の部屋からベランダに出てみると、冷たい夜風が全身を包む。 見上げれば、数多の星々のきらめきが目に映る。 「・・・どんなときも、この夜空だけは変わらないのね・・・」 女王候補として王立研究院に、守護聖様の執務室に、 育成する大陸にと奔走していた日々が懐かしい。 それももう「懐かしい」なんて言えるようになってしまったことが、少し寂しいような気もする。 明日は新女王の即位式。 私、アンジェリークがこの宇宙の256代目の女王として、即位する。 もちろん補佐官はロザリア。 一緒に女王試験を受ける中で競い合ううちに、私たちは何物にも変えられない親友になった。 だから、悩み事も恋のことも何でも打ち明けあえた。 そう、そのはずだった。 でも私は・・・嘘つきだった。 それは、突然やってきた。 近頃どうもロザリアは,、今まで以上に快活で明るくなっていたように見えた。 あぁ、きっと誰かに恋をしているんだろう・・・ すぐにわかった。 だって、あの時私にも好きな人がいたから。 いつかロザリアにも話そうと思っていたことだった・・・。 そんなある日の夜、突然ロザリアが私の部屋を訪ねてきた。 「ロザリア・・・一体どうしたの?」 訪ねてきたロザリアの顔は、つい最近までの明るい顔とは違い、 何か深刻な悩みでも抱えているようだった。 「ねぇ、アンジェリーク・・・あなたは、人を好きになったことが、ある?」 もちろんあった。だって今の私には・・・ でも、今深刻そうなロザリアの前で私の話を打ち明けることはできなかったから。 私は、嘘をついた。 「ううん、ないわ。だって今は女王試験の途中だもの。 ロザリアには・・・今好きな人がいるのね?」 はっと顔を上げるロザリア。 「知って、いたの・・・?」 「だって最近のロザリア、すごく輝いてた。 きっと恋をしているんだろうなって、そう思ったの」 「そう・・・アンジェリークには何でもわかってしまうのね・・・ 実は私、好きな方がいらっしゃるの。 お相手は・・・光の守護聖、ジュリアス様よ」 あぁ、やっぱりそうだったんだ・・・。 ロザリアとジュリアス様が日の曜日に公園へと出かけていたのを、 何度か見たことがあったから。 あんなにうれしそうなロザリアの顔は、私でもあまり見たことがなかった。 「じゃあロザリアは・・・ジュリアス様に告白するの?」 「そっ、それは・・・確かにこの想いをジュリアス様にお伝えしたいわ。 だけど・・・」 それは女王の座を捨てる、ということだから。 きっと女王になるべく努力してきたロザリアにとって、 自ら女王の座を捨てることなど、簡単に選べるはずはないだろうから・・・ でも私は・・・ロザリアに幸せになってほしかった。 それは同じ女王候補としてでもあり、 大事な親友としての私の願い、だったから。 きっと女王になるだろうと思っていたロザリアが、 こうして運命の人と出会い、好きになったこと。 その気持ちを大切にして、そしてその想い焦がれる人を大切にしてほしかったから。 「ねぇ、ロザリア・・・私、あなたに幸せになってほしいの」 素直に思いを口にしてみた。 「もしこの想いに気づかなかったことにして、女王になっても・・・ きっとこの宇宙は幸せになれないわ。 それは、ロザリア自身の心が悲しんでいるから。 告げたかった想いを、告げられずに押し殺してしまっているから。 それなら・・・私はジュリアス様に想いを告げるべきだと思うの」 誰のためでもない、あなた自身のために。 「で、でも・・・」 「大丈夫!ロザリアには私がついてるんだから♪ なんでも協力させてほしいの・・・ね?」 そしてロザリアは、次の日の曜日に森の湖へジュリアス様をお誘いした。 出かける前は今にもプレッシャーに押しつぶされてしまいそうなほどだったけれど、 夕方ごろうれし泣きしながら帰ってきたロザリアを見て、 本当によかったと思った。 あのとき、励ましてあげることができてよかった、と。 こうしてロザリアは、ジュリアス様との恋を優先して、 女王候補を降りた。 それは同時に、私の女王試験の勝利を意味するものだった。 そして私と、あの方との恋の終わりを告げるものでもあった・・・ 女王は、平等で普遍的な愛をもって宇宙を統べる存在であり、 ・・・その恋愛は、許されなかった。 だから私は、この想いに目を閉じ、耳を塞いでしまうことにした。 ロザリアには、私に好きな人がいたことを知ってほしくなかったから。 もし今話してしまったら・・・ きっとロザリアは、せっかく実った恋を捨てて女王になろうとするから。 そんなこと、してほしくなかった。 だから「私は、大丈夫だ」って、 いつも自分自身にそう言い聞かせていた。 ロザリアだけじゃない・・・この宇宙のみんなに幸せでいてほしい。 それは、私一人が我慢すれば叶う願い。 「宇宙と自分、どちらを選ぶか?」なんて、 そんなこと、わかりきってる。 「・・・こんなところにいたのか、お嬢ちゃん」 その声は・・・オスカー様だった。 「私の部屋までいらっしゃるなんて・・・何か用ですか?」 顔も見ずに答える。 いや、本当は顔など見て話せるはずがなかったから。 「こんなに遅くまで外にいるなんて・・・風邪をひいてしまう。 今日はもう、休んだ方がいいんじゃないのか?」 優しい言葉をかけるオスカー様。 でも私は、それを振り払うかのように言った。 「もう少し、夜空を眺めたら・・・私も休みます」 早く私の元から離れて行ってほしかった。 このままでは、きっと溢れ出る想いを止められなくなってしまうから。 暴れ出す欲望を、止められないから。 「・・・話があるんだ、アンジェリーク」 不意に、オスカー様が切り出した。 いつもは「お嬢ちゃん」と呼ぶのに、そのときは私の名前を呼んだ。 その声が、ひどく私の胸に響く。 「今まで女王候補として見てきた君が、明日にはこの宇宙の女王だなんて・・・ 正直、信じられないな。 いつまでも、俺の側で優しく微笑んでいると、そう思っていたから・・・」 ―――何を、言い出すんだろう。 「最初はまだまだほんの小さな少女だったが、 そのくるくる変わる愛らしい表情から、 目を離せなくなったのはいつからだろう・・・」 ―――オスカー様は、一体何を・・・。 「今では、お嬢ちゃんの姿の見えない世界が、すべて色褪せて見えてしまう」 「・・・や・・・」 「よく聞いてくれ、アンジェリーク。俺は、誰よりも君の事を・・・」 「嫌!!!」 悲痛な叫びが、澄んだ夜空にこだまする。 「もう・・・もう何もおっしゃらないでください・・・」 あぁ、どうして。 私たちは、出会ってしまったんだろう。 どうして出会い、 互いに惹かれあってしまったのだろう。 涙が、止まらなかった。 このまま明日なんて、来なければいいのに。 このまま、この世界が終わってしまえばいいのに・・・ でも、このままではいられないから。 私は下を向いて、必死になって声を絞り出した。 「私は・・・この宇宙の女王ですから」 「私のことは、忘れてください」 「さようなら」 そのまま、部屋を飛び出した。 ひたすらに走って、走って、走って・・・ 気がついたら、森の湖に来ていた。 だけど輝く星々も、ざわめく木々も、静かに流れる水の流れでさえも、 私の悲しみを癒してはくれなかった。 どうしてここへ来てしまったんだろう。 ここには、あの人との想い出であふれているのに。 もう、泣くことしかできなかった。 涙はとうに枯れてしまっても、 それでも私には泣くことしかできなかった。 今でも、こんなに愛しているのに・・・ どれだけ泣けば、この想いを忘れられるというの? ・・・しんと静まり返った謁見の間に、凛とした声が響き渡る。 「この宇宙の新たなる女王アンジェリークの即位を宣言します」 もう、泣かない。 この想いがかなわないのなら、私は大切な人たちを守れる存在になりたいから。 でも、きっともう昔のようには笑えない。 大切な何かが、壊れてしまった・・・ そんな気がするから。 もう二度と、恋はしない。 ====================================== |
ついに書いてしまいました。初シリアスです。 先の「夜空を見上げて」に少し手を加えただけで、 オスリモだけでなく、ジュリロザ(って言うんですか?)にもなりました。 ジュリアス様一度も出番がありませんね(ごめんなさい・・・) そして、アンジェリークの言っていることとやっていることが違うのは 気のせいではありません。 とにかく、こういった話を書いたのは初めてのことで、 少し不安な気もいたします・・・。 ご感想などありましたらメルフォや拍手などからご指摘いただけるとうれしいです。 |